2019年 06月 04日
城址の紫陽花(一)
やがて来る豊臣側軍勢に対し改築が行われ、天正17年12月から翌年に掛け、伊豆各地から武士が入場し臨戦態勢を敷いた。
空堀の総延長は700mを超え伊豆最大規模の山城だったという。
最近のこと、母方の実家には代々伝わる寺に納められた先祖の武者像があり、某美術館の学芸員さんが武者像と共に逗子(箱)に書かれた記録から判断すると、武者像の先祖は北条の水軍或いは武将として下田城の攻防に参加し、戦死した可能性が高いだろうとの推測を得た。
何回となく訪れる城山公園ですが、先祖がこの山城で血を湧かせ肉躍らせて命を散らせたのか思うと、楚々と咲く紫陽花に感慨ひとしお。
城山公園(下田公園)/D7000
by silvergray2
| 2019-06-04 00:03
| 自然