蔵のある郷で(五)

先日、SBS静岡放送の封筒で疾うに亡くなった父宛に手紙。
SBSの何かの販売促進の手紙かと思い封を切ると、戦争に行った父の連隊に従軍していたカメラマンと、当時の連隊のことを知りたいとのこと。
わたしは父の遅い時の子で、戦後生まれ、まったく戦時中のことは聞いてもいないし、父も話したがらなかった。
母も詳しくは知らず、南方・ガダルカナル・ラバウルといった地名は喋っていたのですが、その地名がどのように繋がるのか皆目見当もつきませんでした。
数年前、父がどのような戦地に赴いたのかを知りたくなり、どうしたらよいか調べたことがありました。
それはどうも県庁にそういった記録を残している部署があるというところまでは分かったのですが、あとは私自身普段の生活に感けてその先の展開はなく今日を迎えていました。
手紙をくれた記者Sさんにわたしから伝える情報は無かったのですが、その手紙には、父は歩兵230連隊に所属していたことが記されていて、驚きました。
ネットで連隊を調べると苛烈極まる戦闘が行われ、生存者は少なかったことも分かりました。
今日、彼岸の入り。父が私に言えなかった戦争を知ろうと思います。取り敢えず3冊の本を注文しました。

写真は前回の記事の続きです。

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 岩科/松崎町
 /NEX-6
















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Commented by shige at 2017-03-17 21:06 x
蔵に入ってはいけないと言われていたような気がする。大事なものがと寸分だけ思ったりした。余生幾ばくもなく届いたのだから、知らない事情と記憶だけの事柄を話すのも懸命と思う。
あっ、そうだなと相手の方が納得できる気がするが。
Commented by gaku0107boo at 2017-03-18 09:22
おはようございます!
あたくしも当然ながら戦後生まれですので、「戦争を知らない子供たち」ですが、戦争の話は親父から時々聞かされていました。
親父殿は当時学生で、名古屋市南区の工場で仕事をさせられていたそうです。
学徒動員の一歩手前だったそうで、あの時の恐怖はいまだに忘れないと言います。
私の記憶にとどめるべく、もっと親父から聴きたくなりました。

ズイコー135mm、カリッとした描写が気持ちいいですね。
Commented by silvergray2 at 2017-03-18 10:31
>>shigeさん
蔵は当時のステータスを感じさせます。
今の時代は安くて、「どうだ!」と威張るんでしょうが、過っては高くて、どうだ!といった時代。見栄に価値があった時代。
わたしの家には倉庫はありましたが、蔵は無し。
連れ合いの家には蔵があったのです。負けです。(笑)
Commented by silvergray2 at 2017-03-18 10:52
>>岳の父ちゃんさん
名古屋は空襲もあったでしょうから、怖かったでしょうね。
わたしが笑ったのは母が父の戦地の様子・赴任地をそれほど詳しく知らなかったことですね。
戦争は体験した人でないとその真の恐ろしさは分からないのでしょうが、家の歴史として少し勉強してみます。

135mm、私には使い辛さもありますが、意外な写り方が見えて面白いですね。
NEX-6のDレンジオプティマイザーにより白飛び黒潰れを防ぎますが、これが面白い効果を呼ぶようです。
ニコンのアクティブD-ライティングとはちょっと表現がちがいますね。
by silvergray2 | 2017-03-17 18:41 | 近く | Comments(4)

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