過って「マミヤ」と言えば、カメラメーカーとして世に知られた会社でしたね。
創業者間宮精一の実家がここ伊豆市大仁にある。
実を言えば郷土の先人たちを記した読み物を読んでいて、精一の父勝三郎を紹介する文章の最後の一行に長男精一のことが記されていて驚いたのです。
勝三郎も元来発明好きで、呉服店開業の後、本業は番頭に任せ発明に勤しみ株式会社間宮堂で間宮式金庫を発売。
精一は父の事業を手伝い間宮式加減算器を発明し、これをベースに日本最初のレジスターを開発したとある。
昭和12年に退職しその後カメラの開発に傾注。昭和15年マミヤ光機を東京本郷に創業しカメラの製造開始、御歳38。
精一は中学の頃から写真好きで、懸賞荒らしの異名もあったと言うことです。


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伊豆箱根鉄道大仁駅ホームの左に見えるのは間宮堂が何回かの買収を経て現在は東芝テック大仁事業所として存続している。
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「ひふみん」ここにもありました。
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マツダK360?T600? レストアされているのでしょうが現役で活躍とは凄い。
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付近を歩き戻ってきたところで見つけたもう一軒の間宮さん。細い道路を挟んだ隣地にありました。
シャッターボックスに隠れた文字はマミヤ写真撮影所と読める。このロゴからして親戚の方か。
調べると精一の実弟悦三(故人)さんの息子克夫さん(故人)の自宅。
地元新聞の記事のコピーを読むと、悦三さんも精一と共に東京に出てカメラ作りに心血を注いだとのことです。
外壁の「MAMIYA」とテントに残る「マミヤ」の文字に、悦三さん遺族の先代より受け継いだマミヤのプライドが見えるようでもあります。

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 大仁/伊豆市
 /α7m2



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# by silvergray2 | 2017-12-05 18:00 | 世間 | Comments(6)

silvergray の ブログ第二巻目 こころの琴線に触れた光景やきょうのココロ そして 備忘録 を記します。
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